2022年3月13日日曜日

清水ひさし詩集 空のピアノ

 

清水ひさし詩集 空のピアノ

2022 3 15 日  第一版第一刷発行

著 者   清水ひさし

 絵    大井さちこ

ISBN978-4-905036-30-2                 C0092

定価1540円(本体1400円 税140円(10%))

 

インスピレーション短詩から恋のせつなさまで

三越左千夫少年詩賞詩人のエンターテイメント詩集!

以下、清水ひさし詩集『空のピアノ』より

 

流れ星

 

夜ごとの 星の婚姻

愛する者への身投げ

 

 

ジョウビタキ

 

ことしもわが家の庭にきて

ケケッ ケケッと

ジョウビタキが笑っている

思いだし笑いをこらえきれないように

 

昨年の秋から 今年の春まで

わが家族のやらかしたあれこれを

庭から見ていて 私たちを見たら

反射的に笑いがこみあげるのだろう

 

彼は 毎年わが家の庭にやってきて

わが家の 泣き笑いの人間喜劇を

ただ見して楽しんでいる

 

立派な人間の一人もいない家の

あほうたちのやらかす一生懸命が

彼には面白おかしいのだろう

 

 

ニガウリのきざみ男の料理10

 

ニガウリは苦い

さつま大長という品種はとりわけ苦い

島津一族の長い圧政の過酷さほどに苦い

 

どんなに苦かろうと まずかろうと

ガリと 口をひん曲げて噛み

食べて死なないものはなんでも食べ

生きぬいてきた薩摩の父祖たち

 

そうして食べつづけているうち

苦みの奥にひそむおいしさを

生きていく力を見つけだした父祖たち

 

ニガウリにささっと湯をかけ きざみ

薩摩の男たちはそれで晩酌する

苦カヒコ良カ味ガシテクッデヤ と

人生でも語るように

 

 

 

むかで

 

二本足歩行の者には

片方の足の列が十九本という奇異

ややこしい三十八進法の歩きかた

それが おれだ

 

赤い触角 黒い胴体 黄色い足

ばらばらの心の色を内に抱え

苦しみ生きる

それが おれだ

 

だれにも似ず

日当たらぬ所で一人生きていく

それが おれだ

 

まちがいの名で百足虫と呼ばれ

世間に外れて生きる

それが おれだ

 

 

表札

 

水俣市××町××番地

××忠男

静子

あかね

かりん

ゆき

 

表札の家族四人の名に

マジックインキで引かれた線は

黒い線香のようでした

 

まもなく 湾に黒い廃液の注ぐ町で

忠男さんも亡くなりました

戦友たちの墓を廻っている途中でした

 

薄い鉄板に白塗装の 昭和のあの表札は

潮風と歳月に錆びていきました

 

 

時計屋さん昭和のお店

 

学校帰り 時計屋さんをのぞくのが好きだった

両膝の先を失ったおじさんが

ルーペをはめ いつも時計の修理をしていた

 

おじさんは クラスの宮崎君のお父さんで

宮崎君の話では 海に落ちた時計でも

スイスの時計でも修理できるとのことだった

 

店中掛けられた時計の それぞれ違った時間は

休み時間のぼくたちのように自由だった

壁の高いところには 一級技能士の額と

広島の原爆の時計の写真が並んでいた

 

両腕の肩まで腕時計をつけたロシア兵が

ダワイダワイと金品を奪っていたことを

お客が おじさんに語っていたことがあった

 

おじさんの店には

修理を頼むお客さんが多かった

店には 古い昭和の時代に狂った時計が

新しい時間を刻む日を待っていた



宮崎

宮崎で不思議な巨木を見たことがある 
その木の名を地元の古老に問うたところ 
なんかの木じゃろうなと平然と答えた  

とろんとろんという町を訪ねたとき 
すぐそこと教えてもらった そこは 
二十キロ程先だった

自販機でコーヒーのボタンを押したところ 
お茶が出てきたのは宮崎でのことである
間違えたのはおまえだと 友は断言した 
おまえは おまえの中の宮崎にいるんだと

そう 私は私の中に宮崎の町を移し 
何かの大きな翼に抱かれ
木の名を知らずに老い
すぐそこと道を教えているのだった

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